七夕~上越市本町通り~
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~蒲生氏郷の墓~
若松城から118号線を会津若松駅に向かって車を進める。
向かった先は蒲生 氏郷の墓である。
今、会津は、天地人で上杉家を大きくとりあつかっているが、本来の会津は、飯盛山の白虎隊、戊辰戦争での若松城が、本来の観光のメインであろう。上杉家は、3年ほどしか会津にいなかったわけであるから。だが、この3年が、天地人では、濃密に描かれそうだ。舞台が、越後から、会津に移動するにしたがって、その予感が強まりそうだ。
天地人の原作を中巻までしか、まだ、読んでいないが、この蒲生 氏郷も、度々、名前はでてくる。織田信長、豊臣秀吉に使え、1590年に会津に転封。城や、城下町を整備し、漆器産業にも力をいれ、領民にひたしまれた。上杉家は、逆に、城の築城などで、領民をかりだすなどしたので、会津の人から、すれば、蒲生氏郷のほうが、ひたしまれているのかもしれない。
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新潟県上越市中郷区 妙高サンシャインランド
ひさしぶりに土曜日がやすみということで、遠出のところなのだがETCのないタケポンの車。
と、言うわけで、近場で妙高サンシャインランドにいってきました。上越地域唯一の遊園地で、25種類ほどの乗り物があり、それなりに楽しめる。
ここ、数年、毎年いっているのだが、いつも平日ということもあり、いつもガラガラ。貸し切り状態である。
貸し切り状態は、響きはいいが、こういった遊園地関係は、混みすぎも問題だが、他にお客さんがいないとさみしいものである。
っとはいえ、この日は土曜日。11時頃についたが、30台近くの車がとまっていたかな?それなりに人がいて、乗り物も動いていて、それなりに活気があった。
写真は、観覧車から撮った赤倉観光ホテルとアドベンチャーサファリーといった施設である。
このアドベンチャーサファリーは、そこそこ楽しい。銃付きのサファリーカーで赤い的をねらいながら進む。あたると動物が反応して、うごいたり、叫んだりする。
ただ、残念だったのは、ジェットコースターがしばらく運休らしい。
入園券は、大人500円。子供300円だが、別途、乗り物代がかかる。観覧車に乗るだけで、一人300円かかるので、乗り物券2000円分がふくまれたにこにこ券2200円がおすすめである。
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~若松城周辺~
若松城周辺も景観はすばらしい。とにかく石垣からお堀などだけでも見ごたえがある。
タケポンの住む新潟県上越市高田にも平城で高田城がある。これは、徳川家康が関ヶ原の合戦の前に加賀 前田家をけん制する意味合いで急ピッチでたてられたもので、お堀はあるのだが、石垣はなく、土塁で構成されており、また、天守閣はない城なのでこういった石垣のある城は、かなり堅固で雄大にかんじる。
さて、若松城 3ノ丸周辺には県立博物館がある。ここで、5月31日まで直江兼続と会津の戦国武将の特集展がおこなわれた。天地人における会津は、やはり関ヶ原の合戦のきっかけをつくった直江状や徳川軍が会津に侵入した際の合戦のシュミレーション、そして、会津決戦が実現できなかったことから戦場を、山形や福島にうつし、奥羽の関ヶ原の戦いをメインに展示がおこなわれていた。
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会津若松~鶴ヶ城~
大変、お待たせしました。4月25日にいってきた、福島県 会津若松を紹介していきたいとおもいます。
昨日の天地人では、「三成の涙」でしたね。番組の内容的にはバラエティありの、情がありと、今までの大河とは、一線をこえていますね。
しかし、この出会いに、一話まるまる使うとは、これからの直江兼続、石田三成の関係の深さを印象づけている。ということは、やはり、天地人のメインとなるのは、関ヶ原の戦いがメインということになる。
関ヶ原の戦いでは、直接、上杉家は、徳川家康と戦うことはなく、むしろ、関ヶ原の戦いのきっかけをつくったことが有名だ。
そういった意味でこの鶴ヶ城もいっておいてよかった。
さて、新潟県上越市から福島県会津若松までは、北陸自動車道ー磐越自動車道を利用した。途中、で、チューリップ畑を発見。そういえば、この時期は、チューリップの撮影にいつもならいっているのだが、今年は、天地人中心の撮影。何とか、望遠で、撮ったが・・・
さて、会津若松I・Cから鶴ヶ城までは5.7キロ。この日が天気がわるく福島県に入ったころには小雨がちらちら。そして、寒い。
鶴ヶ城は、5層の天守閣で、まさしく、会津のシンボル。石垣、お堀もしっかりしており、まさしく、戦国の平城。っと、おもいきや、そうでもないらしい。
確かに、立派な城郭なのだが、この鶴ヶ城は会津盆地にあり、周りは山でかこまれている。周りに支城があり、一見、堅固そうだが、周りの支城が落とされると絶好の標的になるらしく、また、盆地にあるため、城を拡大するなどができなかったらしい。
これは、会津戊辰戦争のときに、実証済みらしい。
このことは、直江兼継も、危惧しており、新しいところに巨大な城をかまえる計画をたてていた。
さて、鶴ヶ城では、その巨大な城、神指城の築城計画をシアターで放映しており、直江兼続の甲冑などが所蔵されている。
ちなみにこの一週間前までは花見がおこなわれていたらしい。
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善光寺御開帳3 ファイナル
ながく初回してきた善光寺御開帳。そろそろファイナルにしようとおもいます。
六地蔵、釈迦堂、宿坊など仲見世通りから多くの建物、史跡をみることができる。
特に善光寺本堂は、もともと釈迦堂とよばれ、この釈迦堂の位置に1700年くらいまで、あったそうだ。ここにも、回向柱があり、参拝することができる。ここの回向柱は、参拝することができました。
すいません。上記の記載は、間違いでした。
善光寺本堂は古くは「如来堂」とよばれ、1700年までは、ここ、旧如来堂地蔵尊にあったのが、正しいです。すいませんでした。
そうそうしているうちに、時間がやってきました。御昼はおやきをほおばり、帰宅することにした。
御焼は、いろいろな種類があるが、リンゴの御焼があった。確か、150円くらいだったとおもうが、あまくて、おすすめです。
今度は7年後。その時は、回向柱、前立観音の参拝を実現していきたい。
すいません。上記もまちがいでした。今度は6年後になります。
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善光寺で牛 発見!!!
本堂のまわりは、人もおおかったので、脇の人のすくないところをあるいていると牛発見。
ここは、新潟県の安田かとおもってしまった。なぜ、牛が???
本堂以外にも善光寺には、いろいろな建物がある。
そのひとつに本堂、奥にある忠霊殿である。かなり、立派な塔で、中には、ダライ・ラマ関係のものが、展示されている。無料です。
その建物の下に、善光寺資料館がある。天地人がらみの資料はないかとおもったが、さすがは、なかった。絵馬や、たくさんの仏像が展示されている。
ここの入り口にあるビデオシアターは、善光寺初心者におすすめ。御開帳について分かりやすく説明されている。ちなみに善光寺はいずれの宗派にも属していないことが、広く、深い信仰を得ているそうだ。そういったことから住職は、二人いるらしく、大勧進と大本願から、それぞれ一人づついるそうだ。
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